容疑者ケインズ

『容疑者ケインズ』(小島 寛之著)


容疑者ケインズ―不況、バブル、格差。すべてはこの男のアタマの中にある。 (ピンポイント選書) 1200円 142p 08.17.08


Contents
まえがき −ケインズとは何ものだったのか
【01 公共事業はなぜ効かないのか】 −「一般理論」の先見と誤謬
そもそも不況とはどういうことか/どうしてモノや人が余るのか/ケインズは貨幣に注目していた/「数量調整」のプロセスはどのように機能するか/「穴を掘って埋める」ような公共事業でも効果あり?/乗数効果は「絵に描いた餅」だった/お金をばらまいても何かが生産されるとは限らない/格差問題が乗数効果を救済する!/貨幣は経済生活の「便利グッズ」/流動性とは、「いつでもどうにでもできる」自由/ケインズの投資論/社会に災いをもたらす「疫病」のような存在
【02 バブルの何がまずいのか】 −不確実性と均衡
確率論が通じないサブプライムの泥沼/アブナイとワカラナイは違う −「ナイトの不確実性理論」/人は最も悪い可能性を気にする −「エルスバーグのパラドックス」/株価はなぜじわじわ上がって、ドーンと落ちるのか/消費の間違い、投資の間違いがもたらす災厄/バブルはいつはじけるのか −経済物理学からのアプローチ/「未来が現在を決める」摩訶不思議な株価の世界/ノイジーとレーダーの存在意義
【03 人はどのように「誘惑」されるのか】 −選好と意思決定のメカニズム
経済活動は「推論」と「決断」の繰り返し/「行動の好み」を再現する選好理論/「誘惑」のメカニズムが解明された/選択肢をあらかじめ捨ててしまうと楽になる/イーヴリンはなぜ駆け落ちをドタキャンしたのか/確率は「信念の度合い」を示すもの?/人はできるかぎり決断を先延ばししたい生き物である/お金をためることで、「優柔不断である権利」を手に入れる
あとがき −グッバイ・ケインズ/参考文献/索引


いったいケインズとは何ものなのだろう。


Information
貨幣という存在
不況や恐慌は歴史家や政治化の間では、経験的にその存在が認められてきた。 しかし、学問の世界では、不完全均衡の存在の可能性、そしてそのメカニズムを、きちんと「論理的」に「数理的」に示した成果はたぶん1つしかない。 それが、今や古典となっているケインズの『一般理論』だ。プロの経済学者と一般人のもっとも大きな違いは、貨幣をはさまずにものを考えることができるかどうか、だといっていい。 しかし、ケインズ経済学の本質は、実は、貨幣の存在に注目するところにある。 当たり前の存在である貨幣が、経済の中で特異な役割を担うものと再認識するのが、ケインズの着想の核なのだ。 工場などは、一度作ると取り返しがつかない。 投資の意思決定には、「一度決断すると容易に後戻りできない」という意味で、ある種の固定性・粘着性・摩擦性と呼べるような様相があると、ケインズは考えた。 金利高だけでなく、このような投資に絡んだ意思決定の特異性が投資不足を呼び起こし、それが有効需要の過少と不況の原因を作るとも論じている。 とりわけ、重要視したのが、企業家の投資の決断だった。 僕(著者)のアイデアとしては、不況というものは貨幣が「多様性」を持っている、というまさに貨幣の便利さがもたらす災いではないか。 つまり、不況は金利高からではなく交換の障害から起こるのではないか。 多機能性こそが「貨幣」の魅力なのであるが、その機能の使い方を一歩間違えると、社会に災いをもたらす「疫病」のような存在にもなりかねない。 これはあくまで推測の域を出ないのだが、ケインズ乗数効果を主張した、その真意の中には、格差社会における所得移転が有効需要を作り出し、社会を安定化させることがったのではないか。 つまり、「資本主義の安定の道がある」という画期的なことを考えていたことになる。


About author
小島 寛之
経済学博士
帝京大学経済学部経営学科准教授
東京大学理学部数学科卒
同大学院経済学研究科博士課程修了
選好は数理経済学、意思決定論
著書 『サイバー経済学』 など
HP hiroyukikojimaの日記