『パンダの死体はよみがえる』  [★★★★☆]

おはようございます。
今朝も一冊紹介したいと思います。
『パンダの死体はよみがえる』 (遠藤秀紀著) です。
パンダの死体はよみがえる (ちくま新書) 735円
動物の遺体に命を吹き込み、もう一度語らせるのが 著者の仕事です。
それを著者は、遺体科学と呼んでいます。


About author

 遠藤秀紀
 東京大学農学部を卒業
 国立科学博物館を経て
 京都大学霊長類研究所 教授
 獣医学博士
 獣医師
 著書 『牛の動物学』 『哺乳類の進化』 『解剖男』 など
 HP http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/shinka/keitai/members/endo/index.htm


Contents

 はじめに
 第1章 息絶える巨像
      死の現場・モノとしての遺体・一刻を争う研究・
      解体の真実・遺体の行き先・第二の人生・
      無目的と無制限・遺体に問いかける姿勢
 第2章 パンダの指は語る
      人気者との再会・不器用なクマ・肉食獣を改造する・
      動かない「偽の親指」・エレガントな刃物・遺体が語る真実・
      詐欺師たる筋肉たち・発見必要な“目”・
      もう一つの「偽の親指」・難敵レッサーパンダ
      種子骨を固定するしくみ・モグラの“親指”・
      レッサーパンダの真実・完成されたシャベル・
      平爪の威力・シャベルと箒・遺体に見る機能美・
      動かない顎・伸びきった顔面 
 第3章 語り部の遺体たち
      旅の真相・ハプスブルク家のコウモリ・獣と列島の歴史・
      絶滅動物の履歴・遺体が奏でる絶滅のロマン・
      マングース、動物観を担う・愛される縫いぐるみの真実・
      忠犬ハチ公の光と影・“かわいそうなゾウ”のいま・
      ゾウたちのサイエンス・人体の機能美
 第4章 解剖学から遺体科学へ
      パンダは臭いか・遺体を集め、遺体に問う・
      遺体を探り、遺体を残す・人類共有の財産
 おわりに


Information
 ○私の仕事は遺体科学だ
   著者が 死体を導く先は科学の世界。
   研ぎ澄まされた論理と客観性のみを尊ぶサイエンスの価値観が支配する世界。
   遺体を求め、「お前の隠している謎は何だろう?」 と問いかけ、
   そして、人類の知に換える。
   だから、遺体は絶対に捨ててはならない と著者は主張します。
 ○遺体の共有
   世の中の多数の学者が遺体を待っています。
   たとえば、著者が遺体を引き受けると、
   その遺体に興味を持つ何人もの研究者に声をかけて、
   その場で出来る もしくは、その場でしか出来ない研究のために遺体を共有します。
   仮に象が死んだとすれば、その周りには 5〜10のグループが集まることになるそうです。
   遺伝子は類縁関係を語り、遺体はその動物の姿かたちが持つ本当の意味を教えてくれます。
   両者は対立するものではなく、真理に迫るための両輪です。
 ○遺体の保存
   遺体を保存していくためには 綺麗な骨を作る必要がありますね。
   そのために、遺体を土の中に埋葬するそうです。
   しかし、多くの場合は 大きな鍋で遺体を煮ることになります。
   遺体を保存する博物館ですが、
   日本の博物館は、ヨーロッパの博物館と社会的位置づけが違います。
   ヨーロッパの博物館は、民主主義の具象であり 学術文化国家の理想、
   平和時代の象徴として存在します。
   ですから、例えばスミソニアン博物館には 65万点の収蔵品が存在します。
   しかし日本では、遺体研究は年間数十万の途切れがちな予算しかなく
   国立科学博物館の収蔵品は4万点にとどまっています。
 ○ホロタイプ標本
   何をもって ある動物の存在基準とするか。
   例えば、本書で例にとられている 「イリオモテヤマネコ」 なら、
   “M10889” がそれです。
   骨に “M10889” と書かれた標本こそが、ある動物が
   イリオモテヤマネコだ と世界中に宣言する役割を担っているホロタイプ標本です。
 ○学問は無駄を許容する
   最近まで学問は “プロジェクトの合理性” の対立概念としての
   “プロジェクトの無駄” を堂々と抱え ゆっくりと営まれていました。
   誰が使うか分からないような 本や研究機器を許すからこそ
   学問は存続できました。
   しかし、遺体が研究対象であるという認識が低いため
   プロジェクトの合理性へ許容されにくいのです。
 ○そして、遺体科学
   真実を明らかにしようと闘う研究者は、遺体に真剣に取り組まない体系に
   遺体を委ねることはしません。
   「臭い」と言うだけで解剖学の歴史から消えていく価値観に変わって、
   著者が打ち出す姿勢こそ 「遺体科学」 ですね。


Recommend ★★★★☆
  著者の強さが伝わってくる おもしろい読み物でした。
  著者は、パンダの指の働きを解明したことで有名ですね。
  パンダ、レッサーパンダモグラ、ツチブタの骨格分析が本書の中部にありましたが
  大変興味深いものでした。
  CT・MRI の利用も提唱されています。
  海堂氏に比べ、一般化への期待を少なく見てらっしゃいますが
  遺体に対して、真剣に取り組む姿には重なる部分があると思います。
  いい一冊でしたので、お薦めします。
  海堂氏の本もぜひお読みください。
  ミステリー作家として有名な著者が、物語の中で伝えたかった
  AI の一般化という主張の詰まった一冊です。
  死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス) 945円


What's more
 京都地下鉄を利用されている方なら、吊り広告をご覧になったかもしれませんが
 京都市動物園と京大が提携することになりましたね。
 http://sankei.jp.msn.com/region/kinki/kyoto/080419/kyt0804190348001-n1.htm
 京都市:お知らせ(京都市情報館はアドレス(URL)が変わりました) 
 著者は、日本において 動物園はレジャー施設としての認識が強すぎる と指摘されています。
 動物園が 明日の文化のために研究を進めている場所だ という理解を社会に広めたいそうです。
 私も著者と同じく、 動物園が 多くの人と共に研究の場として育ってほしいと思います。