能力構築競争

『能力構築競争』(藤本 隆宏)


能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか 中公新書 1008円 394p 06.25.03


Contents
【序  もの造りの現場からの産業論】
【01 自動車産業における競争の本質】
【02 能力構築競争とは何か】
能力構築競争とは何か/進化する企業システム/基本設計コンセプトの競争
【03 なぜ自動車では強かったのか】
日本の自動車産業は本当に強いのか/自動車と日本企業の相性
【04 もの造り組織能力の解剖学】
もの造り組織能力の源泉/日本的生産システムの特徴
【05 脳直構築の軌跡 ー二十世紀後半の自動車産業】
自動車社産業の黎明期(30年代)/生産システムの合理化が始まる(40年代後半)/乗用車産業の基礎固め(50年代)/モータリゼーションと大量生産工場(60年代)/輸出拡大と国際競争力の顕在化(70年代)/国際化と車両技術の洗練化(80年代)
【06 創発的な能力構築の論理】
創発」という考えかた/日本的生産システムの誕生/組織進化の本質
【07 紛争 ー脇役としての貿易摩擦】
紛争と協調の意義/貿易摩擦の機能/貿易摩擦の政治ゲーム的構図/貿易摩擦の累計 ー示談・訴訟・政府交渉/一九八〇年の自動車貿易摩擦アメリカ政府の要求エスカレートとその帰結
【08 協調 ー競争を補完する提携ネットワーク】
競争と協調の歴史と現状/競争・紛争・協調をめぐる三つのシナリオ/「世界寡占化仮説」批判/多層提携ネットワークと能力構築競争/国際的な合併・提携の趨勢/競争・紛争・協調をどう使い分けるか
【09 欧米の追い上げと日本の軌道修正】
欧米企業の対日「逆キャッチアップ」/「システム純化」のダイナミクス/能力の過剰蓄積と過剰設計問題/設計簡素化とその成果/過剰設計の発生メカニズム
【10 能力構築競争は続く】
現在も続く能力構築競争/二十一世紀の自動車アーキテクチャ/二十一世紀の自動車生産システム/能力構築競争の限界とバランス型システムへの道
おわりに/あとがき/参考文献/索引


能力構築は進化のプロセスである。 そこで勝ち抜くには「もの造り能力」「改善能力」「進化能力」の三点が必要だ。 これまで、もの造り現場の組織能力や競争力を説明する「固有のロジック」が十分に確立されていなかった。  能力構築競争というキー概念を用いて、「もの造りの競争優位」が発現する基本プロセスを本書で明らかにしたい。


Information
深層の競争
企業の「もの造りの組織能力」とは、結局のところ、顧客を引きつけ満足させる製品設計情報を、上手に創造し、素材に転写するかという、企業固有の能力のことである。 企業の競争力を裏から支え続ける、屋台骨のようなものである。 顧客が直接評価しない生産性や生産リードタイムと言った指標に関しても、お互いにベンチマーキングしあうという、身に見えない深層レベルでの競争を筆者は、能力構築競争と呼ぶ. 「深層の競争力」は、もの造りの組織能力という簡単には崩れない組織ルーチンの体系と直結しており、従って、利益や価格の競争に比べて、長期戦になりがちであり、能力構築競争は、ライバルの能力レベルがはっきりとはわからないままに進む水面下の競争であるため、エスカレートし能力の過剰蓄積をもたらすことがある。 また、製品アーキテクチャの進化を論じる場合、並行して進む「顧客」側の進化、特に製品評価能力の進化を見過ごしてはならない。


創発的プロセス
日本自動車企業の「もの造り能力」や「改善能力」は20世紀後半に、創発的なプロセスという当事者が必ずしも事前に意図していなかった経路で、徐々に、累積的に形成された計画と偶然の混じったものだった。 だから、他の企業が、事前に察知することはきわめて困難だったし、能力格差に気づいた後も、その組織能力(capability,compitance)の総体を把握することは難しかった。 これが、欧米の企業が遅れをとった原因である。 その後、欧米企業はそうした日本型の創発的な組織能力を概念化し純化する形で、能力再構築の努力をしてきた。日本企業の「擦り合せて作り込む」組織能力は、ここのルーチンにばらしてみれば、かなり単純明快な仕組みではあるが、それらを「設計情報の流れ」というみえない系でつなぎ合わされ、顧客満足を最終目的とするトータルシステムとなった時その全体を上手に統合し、高いレベルの「深層の競争力」として発揮し続けることは容易ではない。 じつは、「進化能力」の実態は何かというのは、詳しくわかっていない。 しかし、月並みな言い方をすれば、競争力関して組織の成員が共有するある種の心構え(preparedness)ではないか、と考えている。


終わらない能力構築競争
日本企業は「横並び競争」だと揶揄されるが、この「横並び競争」こそが開発・生産現場における競争優位を生み出してきたというポジティブな側面もある。 
20 世紀後半の自動車産業の経験は、「欧米のみならず日本の多くの産業にとって、学ぶべきものが多い」という点では十分にユニークであるが、「他産業にとって学習不可能」という程にはユニークではない。 そして、この能力構築競争は今でも続いている。 「IT時代」になっても、「能力構築競争」の基本は変わらなかった。 自動車の「もの造り競争力」で他者に勝るための基本は、依然として、地道な「統合型組織能力」の構築と改善なのである。 変化の基調となっているのは「レボリューション」ではなく、「エボリューション」だと考える。 トヨタ的な「リーン生産方式」も、そのベースはあくまでもフォードシステムであり、ニーズの多様化に対応させるべく進化させたものだと言える。 逆に、本社サイドでは、ビジネスモデルの工夫やブランド力の確率によって組織能力を高収入に結びつけるという戦略発想が、欧米企業に比べて希薄だったかもしれない。 現場の組織能力を鍛えれば十分だと言う競争感に傾きがちだったのではないだろうか。


About author
藤本 隆宏
東京大学経済学部卒業
三菱総合研究所を経て
ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了 (Ph.D.)
現在 東京大学大学院経済学研究科教授、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員、経済産業研究所ファカルティフェロー
専攻 技術管理論・生産管理論・経営管理
書籍 『日本のもの造り哲学』など

昨日とは、少し違った視点を楽しんで頂けたでしょうか。