日本の電機産業 再編へのシナリオ 佐藤 文昭

日本の電機産業再編へのシナリオ―グローバル・トップワンへの道 1890円 323p 08.07.06
日本の大手電機は、優れた技術力や優秀な従業員など、多くの面で海外のライバル企業に対して決して負けないものを持っているが、収益が伸び悩んでいる限りは、企業としての価値は高まらない。 だから、将来的に日本の大手電機は、不本意な評価でM&Aをされてしまう可能性を否定できない。 本書は、今後、国境を越えたM&Aが本格化する時代を迎えて、日本の大手電機が国際的な競争力を持って生き残っていくためには、今何に取り組むべきかを提言することを目的としている。


Information
魅力的な日本電機産業
高い技術力と社員の流動性が低さは、外国資本から見て、大きな魅力である。  大手電機の研究開発費を合計すると、世界有数の額になるし、日本中から優秀な人材も集まってくる。 問題は、こうした優れた技術や人材をうまく収益に繋ぐことが出来ていないことと、ソフトウェア・サービスへの環境変化にうまく対応できていないことだ。 状況を打開するには、これまでの延長線上にない業界再編が必要だ。 これまでの大手電機の横型のコングロマリット構造を、縦型の個別事業に絞り込んだ企業群に転換していくことが必要だ。 コングロマリット型では、「選択と集中」に限界があり、設備投資額も小さくなってしまう。 もちろん、人事や処遇は能力本位で行われるべきであり、決して出身企業がどこであるかに左右されるべきではない。 また、必要があれば、経営者や幹部を外部から招聘することも躊躇すべきではない。 これまで、大手電機で行われてきたような固定費削減が中心のリストラでは、一時的な黒字化しか期待できない。 大手電機が研究開発や減価償却を引き下げても売上総利益率が低下してしまうのは、製品下落が大きく、コストダウンや資材費削減をしても追いつかず、付加価値が低下しているためだ。 日本の大手電機の事業売却が、海外企業などと比べて取り組みが遅く、抜本的なものになりにくいのは、企業内の縦割り構造の強さと、経営者のリーダーシップの弱さに集約される。 また、大学での学習内容(文系・理系)でこれほど職制を規定する社会も珍しいだろう。 これは、人事の硬直化を招くことにもなる。


買収後の最悪のシナリオ
外資本に買収された後のシナリオは2つある。 1つは、分割されて外国企業に売却される可能性だ。 投資家の立場から見ると、さまざまな事業を含むコングロマリット企業の株価は一般に評価しにくいため、子会社の時価総額の合計が、親会社のそれを上回っているケースがあるからだ。 これは、時価総額が大きくなりにくい原因でもある。 もう一つのシナリオは、業績が悪化した大手電機が局面を打開するために外国企業と提携することからスタートする。 この場合、余分な経費を発生させないようにするために、独自の新たな技術開発や製品開発は極力抑えることになる。 過去から日本企業に蓄積していた技術・ノウハウは次々と外国企業に流れてしまうだけでなく、新しい技術の蓄積も少なくなってしまい、、提携した外国企業に対する依存度がどんどん上がってしまう。 また、現状の日本企業の経営直では、統合後、外国企業の経営力に太刀打ちできず、結果して不利な状況に陥る可能性が高くなる。 ゆまり、外国企業との提携は大きな陥穽がある。 しかし、国内で争っている場合でもない。


日本電気産業の比較優位性
90年代に入って、国内メーカー数が多くなり、国内同士の競争が厳しかくなったことで、アジア企業と手を組むところが現れ、アジアへ技術を流出させてしまった。 日本の電機メーカーのシェア急速に低下する中でも未だに数多くの電機メーカーが存在できているのは、日本という特殊な市場が残っているためである。 今後、こういった内弁慶ビジネスが、国際競争力の伴わないまま国内で成熟してしまう可能性もある。 資源の無い日本が、この先、世界経済の中で発展していくためには、人材と技術の有効活用が唯一の手段である。 言い換えれば、日本が世界に対して比較優位性を持っているのは、この二つの要素しかない。 そして、日本産業が、川上から川下まで地理的に狭い地域にそろっていることや、大規模かつ新技術に対する感応性が高い市場の存在が産業のクラスター化を可能にするのではないだろうか。 大手電機が新しい時代に向けて生き残っていくためには、そこに勤める人々すべてが危機感を共有することが大切である。


About author
佐藤 文昭
武蔵工業大学工学部機械工学科卒業
日本ビクター株式会社ビデオ研究所を経て
88年に勧角総合研究所に入所
ソロモン・スミス・バーニー証券を経て
98年、ドイツ証券にテクノロジー・リサーチ・ヘッドとして入社
01年より日経アナリストランキング「企業総合部門」で6年連続1位
米国Institutional Investorランキング(産業用電子機器)で、01年より4年連続の1位



Contents
はじめに 日本の大手電機が今、危ない
【1 M&A時代突入で激変する日本の電機産業】
1.「日本買い」に出る外国資本
日本の資本市場で存在感を高める外国資本/大手電機の外国人持株比率は着実に上昇/会社法で外国企業とのM&Aが容易に
2.大手電機の低利益率は産業構造に起因する
営業利益率の低下に苦しむ大手電機/外国企業と比較しても低い営業利益率/低利益率は産業構造に起因
3.日本の大手電機崩壊のワーストシナリオ
シナリオ1:大手電機が買収された後、分割され外国企業に売却/シナリオ2:個別事業単位で外国企業と提携し、技術と市場と失う
4.生き残るためには何をするべきか
このままでは大手電機総崩れになるおそれも/グローバル・トップワンへの抜本的な業界再編が不可欠/ノキアも90年代にグローバル・トップワンへ転換し成功/業界再編はスピードが重要/コングロマリット経営では「選択と集中」に限界/他業種の再編の取り組みに取り残される大手電機/まとめ
【2 大手電機の「低い時価総額」を狙う外国資本】
1.低い収益力で上がらない大手電機の時価総額
収益力の低さが時価総額に影響/世界の企業と比べて低い大手電機の時価総額/子会社下の依存が時価総額を下げている
2.外国資本が日本の大手電機を狙う二つの理由
優れた技術力は外国資本にとって魅力的/経営改革により利益向上の余地あり
3.外国企業とのM&Aの環境が整いつつある
会社法制定による制度整備/会計の透明化も進展/外国器量との提携が良くないのか/まとめ
【3 業績の低下が止まらない日本の大手電機】
1.80年代以降、売り上げは増えたが営業利益は横ばい
低下の一途を辿る営業利益率/売り上げ市場主義の罠
2.栄光の時代からの転落の歴史
85年以降の円高が凋落の発端/バブル崩壊で営業利益率が低下/収益悪化に追い打ちをかけた規制緩和半導体産業の弱体化につながった日米半導体協定
3.構造的問題への対応が遅れる日本の大手電機
ソフト・サービスへの転換遅れ/コングロマリットの存続を前提としたリストラの限界/多数企業の国内市場参入で過当競争激化/目立ってきた「内弁慶ビジネス」/事業撤退が出来ない五つの理由
4.存在意義が問われているコングロマリット
不明確な子会社の上場政策/古さが目立つ日本の大手電機/利点が失われる大手電機/組織の制度疲労による官僚組織化/外国企業に劣る事業拡大のスピード/資金力こそが競争低下の最大の原因
5.DRAM、液晶で同じ過ちを繰り返す大手電機
戦略無き技術移転により競争力が低下/日本に一社しか残らなかったDRAMDRAMの経験のを生かせなかった液晶パネル事業/今後、第三、第四のDRAM・液晶が現れる可能性も
6.技術をビジネスに生かせない大手電機
独自技術への過度のこだわり/横並びの技術開発戦略/国際的な技術標準戦略の低さ
7.衰退する前に業界再編を
ジリ貧が続けば衰退産業転落もありうる/まとめ
【4 グローバル・トップワンへの道】
1.なぜグローバル・トップワンへの再編が必要か?
横型コングロマリットを縦型の組織形態へ/グローバル・トップワンの優位性1 大規模投資への対応/グローバル・トップワンの優位性2 研究開発費高騰への対応/世界シェア上位でなければ大きな利益はあげられない/業界再編の成功例と失敗例
2.グローバル・トップワン実現のための条件
マネジメントの改革/世界市場を視野に入れた世界戦略/独占禁止法への対応
3.グローバル・トップワンに向けた再編青写真
業界再編実編までの3ステップ/個別の事業単位の再編では間に合わない
4.業界再編のポイント
業績面で追い込まれる前に再編すべき/外国企業との提携はいけないのか/争うべきは国内のライバル会社ではない/同業他社の事業部門を積極的に買収すべき
5.グローバル・トップワンで日本はどう変わるか
世界の競争状況に大きな変化/スピンアウト企業が台頭/日本全体を産業クラスター化/国内ア高付加価値工場となり海外生産拠点と棲み分けが進む/企業で働く人の行動原理も変わっていく/まとめ
【5 二〇一〇年に向けた大手電機のあるべき姿】
1.大手電機の2010年に向けた姿
2.コンピュータ/ソリューション(パソコンを除く)
業界再編の方向/現状の競争力分析/今後の市場見通し
3.AV機器(薄型テレビ)
4.半導体
5.白物家電
6.パソコン
7.携帯電話
8.産業用機器
9.重電
まとめ
【終 今が二〇一〇年に向けたラストチャンス】
環境の変化を将来に向けた大きなチャンスととらえるべき/トップの決断力と社員の危機意識の共有が重要/危機意識を持つことが改革への鍵/日本の大手電機改革へのラストチャンス