武士の家計簿 磯田道史

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)
磯田 道史
新潮社
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一方、自分の現状をなげくより、自分の現行をなげき、社会に役立つ技術を身につけようとした士族には、未来が来た。(p.218)

偶然著者が古書目録の中に、ある古文書を発見したことをきっかけにして本書は書かれた。それは『金沢藩士猪山家文書』であり、その内容は36年分にも及ぶ「武士の家計簿」。古文書には日記なども含まれており、そこから透けて見えたのは今からさかのぼること160年、猪山家の人々が地価の下落やリストラで悩む姿だった。

幕末明治維新期の武士の様子が興味をひいた。士農工商のトップである「武士」という身分を剥奪されて、さぞかし惨めを見たのだろうというネガティブなイメージだけを持っていた。しかし、実際は違った一面もあったようだ。武士は俸禄を受けて食べていけたわけだけれど、同時に武士という身分であるがために発生する費用も存在していた。今で言う交際費のたぐいであるが、これが大変な額にのぼっていた。幕末期になるとそういった身分費用が身分報酬よりも多くなり、武士に重圧としてのしかかっていた。明治維新によって、こうした身分費用から解放されるという、武士としては安堵する側面もあったようだ。

武士として、もしくは家の格式を保つために身分費用をケチるわけにはいかず猪山家も借金をするようになる。しかし、ここで猪山家はふんばる。嫁入り道具さえも売り払い、猪山直之が中心となって家計簿をつけて借金整理を開始した。その決意が事態を好転させることになる。精緻な家計簿からも分かるように、猪山家の人々は簿記会計技術に長けていた。そのおかげで江戸〜明治期という多異変の時代を乗り切ることができたようだ。


磯田 道史
茨城大学助教
慶応義塾大学文学研究科博士課程修了
著書『近世大名家臣団の社会構造』など


はしがき 「金沢藩士猪山家文書」の発見
01 加賀百万石の算盤係
02 猪山家の経済状態
03 武士の子ども時代
04 葬儀、結婚、そして幕末の動乱へ
05 文明開化のなかの「士族」
06 猪山家の経済的選択