ゆらぐ脳 池谷裕二/木村俊介

ゆらぐ脳
ゆらぐ脳
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池谷 裕二 木村 俊介
文藝春秋
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しかし単に事実として知っているだけでは「発見」になりません。目前の事実の重要性に気がつけるのかどうかこそが、根本的な問題なのです。(p.207)

本書は木村氏の質問に対して池谷氏が回答するという形になっている。脳の機能に関係した話、独自の方法である「多ニューロンカルシウム画像法」を用いた研究の話、学会などでのプレゼンの話が含まれていた。なかでも、一般的な分子生物学的手法と著者のシステム薬理学的手法との方法差異を通して、「分かる」とはなにか、を立ち止まって議論していたのが印象深かった。

"脳のゆらぎ"という中庸なメタ安定状態を保つ生命のやわらかさが本書の中心テーマだった。しかし、脳に関する話は著者の近著『単純な脳、複雑な「私」』に譲るとして、気になった事がある。それは、脳の研究が進むことで、第三者(B)が本人(A)よりも(A)のことを理解するようになるということだ。(A)の自分に対する信念というのは、記憶に根拠する脆いものだ。例えば、「乖離性同一性障害(いわゆる多重人格)」であれば、記憶の抑圧パターンが変わることで、人格が複数あるように見えるそうだ。しかし、本人が記憶を引き出せないだけで、脳内には存在している。だから、(A)に聞いてもわからないことでも(A)の脳に聞けばわかることがある。実験者(B)は被実験者(A)よりも(A)を知ることができる(実験によって、本当に(A)にとって未知のものなのか、(A)が忘れてしまっているだけなのか、がわかる)。過去どころか、(A)の未来までも。今私が知る中で、その極めつけと言えるのが、(A)のパッティング(ゴルフ)が成功するか否かが、 (A)が打つ時点で、脳をモニターしている(B)には分かってしまう、という実験だろう。しかし、時に(A)の(A)の脳とそぐわない確信(ニセ記憶)は豊潤な芸術の源泉にもなりうる。怖いというよりも、まだまだ面白い。

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池谷 裕二
東京大学大学院薬学系研究科准教授
東京大学理科一類に入学
同大学薬学部に進学
海馬の研究により薬学博士号を取得
コロンビア大学生物化学講座客員研究員などを経て現職
著書『進化しすぎた脳』など


木村 俊介
週刊文春」で「仕事のはなし」を連載中
著書『奇抜の人』など


はじめに 木村俊介
01 脳を分かる
02 脳を伝える
03 脳はゆらぐ
ミニ質問
あとがき 池谷裕二